先日、他医院にて、最近下あご小臼歯から大臼歯までのインプラント治療4本を行い、しびれがずっと続いているとの主訴の患者さんがみえました。担当医に、レントゲンを撮影してもらったが、どの部位の何が原因かなどの説明はなく、しばらく経過を見ましょうと言われて、心配でたまらないとのことでした。
手術前のリスクの説明は、「4本のインプラントだから、少し腫れるかもしれません。4本のインプラントの内、1本くらいが骨と付かないこともあります」と口頭で言われたそうです。この担当医は、これで、IC(インフォームドコンセント)が終了したと考えているようですが、通常の単純な治療と異なり、場合によっては患者さんの健康に重篤な影響を及ぼすことも考えるインプラント手術においては、この治療の個別のリスクについて模型やCT画像などを駆使して複数回説明しご理解いただき、リスク説明書などの書面を個別にお渡ししておくことを怠ったわけですから、患者さんも本当に不安だったんでしょう。
まだ、インプラント手術から10日程度(1カ月も、経過を見ておりますと、骨とインプラントが結合してしまい、除去や、逆回転が容易にはできなくなります)でしたのでCT撮影の上で、一番問題のありそうな第2小臼歯のインプラントを逆回転し1.5mmほど持ち上げました。翌日には、ずいぶん楽になったとのことでしたので、僅かに残った麻痺の範囲を特定して、1週間ほど経過観察に1日おきに来院戴きましたら、幸いにも麻痺がほとんどなくなってまいりました。
下あごの内部を奥歯の方からこの部位に向かって、太い神経が走行しておりますから、本来は術前にCTをとるべきところです。このCT撮影後に3D画像をPC上で作製し、危険な部位に色をつけて、インプラントをPC上で埋め入れることが可能です。このようにして、手術の問題を患者さんに説明しておくべきだったと思われます。この過程を通じて、私も他の先生方も手術の詳細を術前に何度も自らに確認させてもいるわけです。
でも幸いなことに、患者さんの症状は緩解しておりますから、一安心です。患者さんの笑顔が戻り良かったです。
審美性を重視したジルコニア製インプラントの患者さんへの使用を考える前に、30歳代40歳代の歯科医が未経験の本邦における歯科インプラントについての負の歴史について触れさせていただきます。 今まで、歯科インプラントといえば、チタン製のみのようにも思えますが、20年以上前には、様々な材質、形状のインプラントが流通しておりました。たとえば、1980年代後半には旭光学のアパセラムが新時代のハイドロキシアパタイトインプラントとして、さらに住友化学工業が発売していたスミシコンですが、現在のインプラントがねじ状であるのに対して、ブレード状の形態でハイドロキシアパタイトが表面に溶着されており骨との結合を謳っておりました。最終的には、旭光学も住友もこれらの製品の破折やハイドロキシアパタイトの剥離、すなわちインプラント除去が増えて発売を取りやめ歯科業界から撤退してしまいました。さらに、京セラの人工サファイアインプラントです。何名もの日本の開業医が開発に関与したのですが、オッセオインテグレーション(骨結合)が得られていたかは不明です。私の経験上は、おそらく30本以上の人工サファイアインプラントを診察しましたが、明らかにオッセオインテグレーション(骨結合)している症例は確認できませんでした。ほとんどが天然歯と連結しているか、連結していないものは全くオッセオインテグレーション(骨結合)していないので、除去させていただきました。海外製品も、米国のカルしテック社、ドイツのIMZインプラントのようにハイドロキシアパタイトの問題を引き起こしました。どれもが、骨との結合を謳っておりますが、過去に新しいスミシコンや人工サファイアインプラントが最新のインプラントとしてもてはやされて、多くの患者さんにトラブルを起こした経緯を見ますと、ノーベルバイオケア等も、ドイツの研究者と協力関係を微妙に保ちながらも、製品としての採用には躊躇をしているようです。(ノーベルバイオケア社は、5年ほど前には米国内でのコングレスでジルコニアインプラントについて研究者に講演をさせておりました。)私ども歯科医は医療器具の認可が世界で一番厳しい本邦での臨床家として、これら製品の患者さんへの臨床応用には、より多くの科学的な根拠を持つ研究論文が多数出るまで、いましばらく様子を見なければならないと思われます。
すでに、欧米では、数社から白いジルコニアインプラントが発売されております。下記もその一つです。インプラント本体とアバットメント(歯肉の上に露出する柱部分)が一体となっております。ドイツブレデント社の製品です。歯周病であれ虫歯であれ、ある歯を保存抜するか抜歯するかの基準は、何を第1優先として残すべきか、各患者さんごとの口腔状態、医療技術の進化と各歯科医師の裁量権、医療保険制度、歯科医療機関の充足率、経済状況などにより、当然に異なります。国によっても、担当医の教育を受けた時代によっても、個々の担当医の治療方針によっても、さらには患者さんの希望によっても抜歯基準は一定程度の裁量権の制約を受けております。時には、同一医療機関内の歯科医によっても異なる見解もありうるのです。ただし、抜歯または非抜歯の理由を明らかにし、説明責任を果たすことは、必要と考えます。
歯質を残す:虫歯は小さく浅いうちに治療すれば、1回から2,3回で治療が終わってしまいます。早期治療が歯質の喪失を最小限に食い止めたわけです。患者さんの、経済的負担やお時間も節約したこととなります。
神経を残す:「どうも、食べ物が詰まるようだ」との主訴を持って歯科医にいらっしゃって、診察の結果虫歯となる場合は、神経が残せるか否かが重要となります。虫歯が進行している場合は、冷たい飲み物でしみる状態から、自発痛(なにも刺激を与えなくとも痛いという状態)まであります。神経は血管とともに歯根の先から歯の中にはいっています。神経を除去しますと、歯の中への血流もなくなり、水分や栄養分の歯への供給がなくなってしまい、とてももろい歯となってしまいますので、冠を被せることとなります。ここでは、診療上の課題は神経残せるか否かとなります。除去しなければならない神経を無理して残すと、ひどい場合は、最悪40度近い熱を数時間後に発してしまうことさえあります。このような状態では麻酔が全く効かずに、歯科領域から前身領域のもんだとなってしまい、生命にかかわる事態にも発展しかねません。しかし、神経を除去してしまうと、歯を早期に失うこともあり得ます、歯ぎしりが強く神経除去時にマイクロクラック(微細な歯のひび割れ)がある患者さんや抜髄(神経を除去すること)の理由が交通事故などの外傷の場合です。やはり、マイクロクラックが内在していることがうかがえられます。
歯を残す:これらマイクロクラック等の否定的要素がない場合は、積極的に神経を採るべきです。しかし、神経を取った後の根管治療を完全に行うことは限界がつきものです。それは、根幹の走行は分枝があり、きわめて複雑なためです。根管治療を英語では、Endodontics 最期の歯科治療と呼ぶのもうなずけます。最近では、インプラント治療が普及して、Endoより先の治療法に光が射してきました。
インプラントのために歯肉と骨を残す:次は疲労が続くとその度に、何度も歯ぐきが腫れることを繰り返しているような場合は、歯周病や根尖病巣のような感染性の病気ですが、やはり根本的な治療をしていないと、この腫れのたびに歯肉や骨を喪失しています。歯周組織(歯肉や骨)の喪失を食い止めるためには、歯周病の歯をしっかり治すか早期に抜歯をしなければなりません歯周組織を守るために、早期の抜歯ができれば、その後のインプラントや可撤式義歯(入れ歯)の治療も、比較的安定した容易な治療となります。インプラント治療を前提としている場合は、抜歯の基準が異なる所以です。より良い長期間安定したインプラントを短期間の治療期間で進めるためには、どの時期に抜歯を行うかというタイミングが当然にあるわけです。逆説的にお話しいたしますと、歯をギリギリまで残した上で、最後の最後にやむを得ずに抜歯したような場合は、インプラントの質が制約を受けることとなるということです。
さらに、抜歯時期とともに、抜歯方法の質も問題となるわけですが、残念なことに本邦ではatraumatic tooth extraction(体に優しい抜歯) 、Gentle tooth extraction(紳士的な抜歯)が軽んじられております。歯周組織(歯肉や骨)をなるべく破壊せずに抜歯することが、抜歯の際に優先することであると思います。
感染性の抜歯原因があれば、前回説明したように抜歯当日や直後のインプラント埋入はできませんから、一定程度、手術時期を遅らせる必要があります。
抜歯後、2,3か月以内が骨造成能(生体が自ら骨を作ろうとする能力)が高く維持された状態で会うから、この期間に、骨造成術が必要であれば行うべきです。すなわち、この骨造成しやすさという意味からは、抜歯後2,3か月後より前に手術をやっておくべきとなります。
インプラント埋入と骨造成を同時に行うのであれば、一般的には切開剥離した歯肉の完全封鎖が必要ですから、これ以前に抜歯窩のきれいな治癒を終えていないときれいで均質な歯肉とはなりません。このためには、おそらく経験をある程度積んだ歯科医ごとにノウハウを持っていることと思います。テルプラグなどのアテロコラーゲンやβtcp顆粒、バイオスなどの人工骨などを、患者さんに複数提案し、患者さん自らに(非生物由来の化学材料か牛や豚などの生物由来の材料か、ヒト由来の材料かなど)選択していただくという姿勢でいれば、患者さんも納得がいくことでしょう。
このようなインプラント治療のための抜歯とその後のインプラント手術の時期を決めるには、患者さんのお仕事やご家族の進学結婚などの予定、旅行などの予定をお聞きして、総合的に決めていく必要があります。
ここでは、花子さんの質問から、抜歯後のインプラント埋入ということに限って話しましたが、抜歯しなければならない歯を、抜歯しないでそのまま残すこと、または、何とか抜歯しないで残しましょうとなった歯の治療を中断することこそ、歯を保存不可能としてしまったり、歯周組織(歯肉や骨)をさらに喪失してしまう訳です。
すなわち、歯の表面は比較的固いエナメル質ですが、このエナメル質の表面から1mmほど内部は象牙質と呼ばれる、象牙の印鑑のような細い管状のすかすかの柔らかい構造なのです。仮止めの材料が詰まったままで、治療を中断して、歯を失うこととなった人がいかに多いことか、全く残念です。
花子さんの通院中の先生は、何が理由でこの奥歯を抜くと説明してくれたのでしょうか。
感染性の病気:大きな虫歯、根尖病巣、歯周病、膿瘍等が原因ですと、抜歯後、感染した不良な歯肉を良く掻爬・洗浄してもらいます。
非感染性の病気:歯が折れたなどの場合も上記に準じますが、抜歯当日にインプラント埋入手術を行うこともあります。
さらに、私ですと、上記いずれの抜歯でも、抜歯窩(骨のくぼみ)の形状を判断するために、様々なサイズメーカーのインプラントの、最終使用ドリル(インプラント埋入手術に際しては、直径の細いものから太いものまでの様々な形状のドリルで骨を削っていきます)を滅菌して用意しておいて、埋入するインプラントのメーカー、太さ、長さ、タイプ等を決定する重要な情報とします。レントゲンやCTの情報と同等以上に大事な情報です。
抜歯窩は断面がインプラントの断面(円形)とは一致しません。奥歯でも手前のほうは、小臼歯といって、根が1本か2本あっても扁平な歯根です。さらに歯の断面は楕円形に近いです。ところが、奥のほうにある大臼歯は、2根から4根あって、大きく根を張っていますので、歯を抜いた後にできる抜歯窩は2股から3つ股に分かれてます。ここに、治療上良い位置に1本のインプラントを埋入するとなると、将来の耐久性や清掃性、さらには、他の歯を失った時の連結など考慮して考えることが必要です。
このブログは、歯科インプラントに関する事柄を小林が思いついた時に書き留めたもので、下に行くほど古くなります。御意見ご質問をお待ち致しております。
歯を失った患者さんは、発音・咀嚼・顔貌などに不安や不満を感じている方が多数いるようです。このような状態を「歯牙欠損」「歯牙喪失」などの病名が付けられます。
「歯牙欠損」「歯牙喪失」には、旧来、可撤式義歯(取り外し式の入れ歯)とブリッジ(歯を失った前後の歯を削って橋をぶら下げる治療)が行われてきました。江戸時代には、つげの木で作られた入れ歯がお城を持つほどの人たちに供給され、明治時代になってからは非常に高価な蒸ゴムによる入れ歯が作られました。しかし、これら高価な治療も、患者さんたちの「若いときのように食べたい」「きれいな口元に戻りたい」との望みを十分にはかなえてくれなかったようです。1900年前後になると、イタリアなどでスパイラルシャフトといわれる金属の細長いねじを直接に、あごに埋め差し込んで人口の歯を支えようとする治療が行われました。その後、1952年にインプラントにとって画期的な発見がもたらされます。それは現在のインプラント治療の主流であるオッセオインテグレーションインプラントの基本概念であるチタン表面が骨と結合することが発見されたことです。発見者はスウェーデンの学者Professor Per-Ingvar Brånemark ブローネマルク教授で、以来約10年間に及ぶ基礎実験の後、1965年5月より患者さんへの臨床応用が開始されました。その後は臨床研究も進められ、オッセオインテグレイテッド(骨と結合した)インプラントの予知性が高いことが証明されました。1982年頃から本治療法は世界中に普及し、日本でのオッセオインテグレイテッド・インプラント治療の歴史は30年近くになります。この間、インプラントの表面性状、チタンの成分、インプラントの形状、太さ、長さ、アバットメント(後述)とインプラントの結合方式など、様々な試行錯誤、研究、進歩、時に失敗を乗り越えて、2005年以降はエピデンスも積まれ安定期になっています。インプラント治療が、患者さんに旧来からおこなわれている可撤式義歯、ブリッジなどの治療の不十分な点を克服して、歯を喪失した場合の治療法の第1選択肢になったと言えます。