歯周病であれ虫歯であれ、ある歯を保存抜するか抜歯するかの基準は、何を第1優先として残すべきか、各患者さんごとの口腔状態、医療技術の進化と各歯科医師の裁量権、医療保険制度、歯科医療機関の充足率、経済状況などにより、当然に異なります。国によっても、担当医の教育を受けた時代によっても、個々の担当医の治療方針によっても、さらには患者さんの希望によっても抜歯基準は一定程度の裁量権の制約を受けております。時には、同一医療機関内の歯科医によっても異なる見解もありうるのです。ただし、抜歯または非抜歯の理由を明らかにし、説明責任を果たすことは、必要と考えます。
歯質を残す:虫歯は小さく浅いうちに治療すれば、1回から2,3回で治療が終わってしまいます。早期治療が歯質の喪失を最小限に食い止めたわけです。患者さんの、経済的負担やお時間も節約したこととなります。
神経を残す:「どうも、食べ物が詰まるようだ」との主訴を持って歯科医にいらっしゃって、診察の結果虫歯となる場合は、神経が残せるか否かが重要となります。虫歯が進行している場合は、冷たい飲み物でしみる状態から、自発痛(なにも刺激を与えなくとも痛いという状態)まであります。神経は血管とともに歯根の先から歯の中にはいっています。神経を除去しますと、歯の中への血流もなくなり、水分や栄養分の歯への供給がなくなってしまい、とてももろい歯となってしまいますので、冠を被せることとなります。ここでは、診療上の課題は神経残せるか否かとなります。除去しなければならない神経を無理して残すと、ひどい場合は、最悪40度近い熱を数時間後に発してしまうことさえあります。このような状態では麻酔が全く効かずに、歯科領域から前身領域のもんだとなってしまい、生命にかかわる事態にも発展しかねません。しかし、神経を除去してしまうと、歯を早期に失うこともあり得ます、歯ぎしりが強く神経除去時にマイクロクラック(微細な歯のひび割れ)がある患者さんや抜髄(神経を除去すること)の理由が交通事故などの外傷の場合です。やはり、マイクロクラックが内在していることがうかがえられます。
歯を残す:これらマイクロクラック等の否定的要素がない場合は、積極的に神経を採るべきです。しかし、神経を取った後の根管治療を完全に行うことは限界がつきものです。それは、根幹の走行は分枝があり、きわめて複雑なためです。根管治療を英語では、Endodontics 最期の歯科治療と呼ぶのもうなずけます。最近では、インプラント治療が普及して、Endoより先の治療法に光が射してきました。
インプラントのために歯肉と骨を残す:次は疲労が続くとその度に、何度も歯ぐきが腫れることを繰り返しているような場合は、歯周病や根尖病巣のような感染性の病気ですが、やはり根本的な治療をしていないと、この腫れのたびに歯肉や骨を喪失しています。歯周組織(歯肉や骨)の喪失を食い止めるためには、歯周病の歯をしっかり治すか早期に抜歯をしなければなりません歯周組織を守るために、早期の抜歯ができれば、その後のインプラントや可撤式義歯(入れ歯)の治療も、比較的安定した容易な治療となります。インプラント治療を前提としている場合は、抜歯の基準が異なる所以です。より良い長期間安定したインプラントを短期間の治療期間で進めるためには、どの時期に抜歯を行うかというタイミングが当然にあるわけです。逆説的にお話しいたしますと、歯をギリギリまで残した上で、最後の最後にやむを得ずに抜歯したような場合は、インプラントの質が制約を受けることとなるということです。
さらに、抜歯時期とともに、抜歯方法の質も問題となるわけですが、残念なことに本邦ではatraumatic tooth extraction(体に優しい抜歯) 、Gentle tooth extraction(紳士的な抜歯)が軽んじられております。歯周組織(歯肉や骨)をなるべく破壊せずに抜歯することが、抜歯の際に優先することであると思います。
感染性の抜歯原因があれば、前回説明したように抜歯当日や直後のインプラント埋入はできませんから、一定程度、手術時期を遅らせる必要があります。
抜歯後、2,3か月以内が骨造成能(生体が自ら骨を作ろうとする能力)が高く維持された状態で会うから、この期間に、骨造成術が必要であれば行うべきです。すなわち、この骨造成しやすさという意味からは、抜歯後2,3か月後より前に手術をやっておくべきとなります。
インプラント埋入と骨造成を同時に行うのであれば、一般的には切開剥離した歯肉の完全封鎖が必要ですから、これ以前に抜歯窩のきれいな治癒を終えていないときれいで均質な歯肉とはなりません。このためには、おそらく経験をある程度積んだ歯科医ごとにノウハウを持っていることと思います。テルプラグなどのアテロコラーゲンやβtcp顆粒、バイオスなどの人工骨などを、患者さんに複数提案し、患者さん自らに(非生物由来の化学材料か牛や豚などの生物由来の材料か、ヒト由来の材料かなど)選択していただくという姿勢でいれば、患者さんも納得がいくことでしょう。
このようなインプラント治療のための抜歯とその後のインプラント手術の時期を決めるには、患者さんのお仕事やご家族の進学結婚などの予定、旅行などの予定をお聞きして、総合的に決めていく必要があります。
ここでは、花子さんの質問から、抜歯後のインプラント埋入ということに限って話しましたが、抜歯しなければならない歯を、抜歯しないでそのまま残すこと、または、何とか抜歯しないで残しましょうとなった歯の治療を中断することこそ、歯を保存不可能としてしまったり、歯周組織(歯肉や骨)をさらに喪失してしまう訳です。
すなわち、歯の表面は比較的固いエナメル質ですが、このエナメル質の表面から1mmほど内部は象牙質と呼ばれる、象牙の印鑑のような細い管状のすかすかの柔らかい構造なのです。仮止めの材料が詰まったままで、治療を中断して、歯を失うこととなった人がいかに多いことか、全く残念です。
このブログは、歯科インプラントに関する事柄を小林が思いついた時に書き留めたもので、下に行くほど古くなります。御意見ご質問をお待ち致しております。
歯を失った患者さんは、発音・咀嚼・顔貌などに不安や不満を感じている方が多数いるようです。このような状態を「歯牙欠損」「歯牙喪失」などの病名が付けられます。
「歯牙欠損」「歯牙喪失」には、旧来、可撤式義歯(取り外し式の入れ歯)とブリッジ(歯を失った前後の歯を削って橋をぶら下げる治療)が行われてきました。江戸時代には、つげの木で作られた入れ歯がお城を持つほどの人たちに供給され、明治時代になってからは非常に高価な蒸ゴムによる入れ歯が作られました。しかし、これら高価な治療も、患者さんたちの「若いときのように食べたい」「きれいな口元に戻りたい」との望みを十分にはかなえてくれなかったようです。1900年前後になると、イタリアなどでスパイラルシャフトといわれる金属の細長いねじを直接に、あごに埋め差し込んで人口の歯を支えようとする治療が行われました。その後、1952年にインプラントにとって画期的な発見がもたらされます。それは現在のインプラント治療の主流であるオッセオインテグレーションインプラントの基本概念であるチタン表面が骨と結合することが発見されたことです。発見者はスウェーデンの学者Professor Per-Ingvar Brånemark ブローネマルク教授で、以来約10年間に及ぶ基礎実験の後、1965年5月より患者さんへの臨床応用が開始されました。その後は臨床研究も進められ、オッセオインテグレイテッド(骨と結合した)インプラントの予知性が高いことが証明されました。1982年頃から本治療法は世界中に普及し、日本でのオッセオインテグレイテッド・インプラント治療の歴史は30年近くになります。この間、インプラントの表面性状、チタンの成分、インプラントの形状、太さ、長さ、アバットメント(後述)とインプラントの結合方式など、様々な試行錯誤、研究、進歩、時に失敗を乗り越えて、2005年以降はエピデンスも積まれ安定期になっています。インプラント治療が、患者さんに旧来からおこなわれている可撤式義歯、ブリッジなどの治療の不十分な点を克服して、歯を喪失した場合の治療法の第1選択肢になったと言えます。